教育の視野狭窄

おはようございます。自立サポートカウンセラーの甲斐です。

 

以前もこの記事を書かせて頂きました。

そして記事を読んだという教師の方が、抗議の電話をくださいました。

少しお話させて頂き、講演会に参加くださるようにお話させて頂き、参加するとのお返事を頂いたのですが、ご参加頂けたのでしょうか?

「現場の教師は公務員なので、自分の思ったことは言えない。」

 

 

そのように仰っていました。

一体この国の大人は、何を一番大事なことだと思って生きているのでしょうか?

今、日本では、子ども達が「発達障害」というれってるを貼られ精神科に繋がれ投薬、チョットしたことで虐待を疑われ児童相談所に一時保護されているという事実。

知らない方のほうが多いと思います。

私たち全員の心の中にある優生思想に気が付かない限り、この状況は変わりません。
ラベリングとは、一種の抽象化作業である。
何故ラベリングをするのかというと、情報処理の節約です。
つまり、個々の細かい違いは無視して同じものとして扱うことによって認知処理に必要な作業を軽減しているのです。
これを学校教育に取り入れてしまったのが、今の特別支援教育なのです。
私はこのような分類をしてお子様たちと話したことはありません。
一人一人が違っているのですから、例えば同じような行動をしていても原因は違いますし、同じかもしれません。
これを一律にラベリングして接するということは、手抜き以外の何物でもないのです。
「この子はADHDである」ととらえた瞬間に、私たちの意識はその子自身ではなく、AD/HDという障害タイプへと繋がってしまうのです。
しかも、このラベリングの基準となっている項目はどちらでも取れるようなもので主観での判断となるのです。
チェック項目を見ただけで、判断し、その子どもに会った接し方をしているとは思えません。
多くの人たちは、普通の概念を作りその中に入れようとコントロールしてしまうのです。
何故、その子がそのようなふるまいをするのか?
考える人がほとんどいない状況の中で、「なんだかわからない子」としてその子たちを集め、ラベリングしているのです。
もう一度言います。ラベリングとは、情報処理の節約です。
つまり、個々の細かい違いは無視して同じものとして扱うことによって認知処理に必要な作業を軽減しているのです。
それが教育と言えるのでしょうか?
教育の丁寧さが損なわれているとしたら、それは特別支援教育が望んでいたことではないはずです。
教育とは、ロボットを作るためのものではありません。
そこを今一度考えてみて頂きたい。
数年前の内海先生と、杉浦さんの「子どもの声を聞こう」という講演会の席で教師の方が質問なさいました。
「私たちは一生懸命に接しています。しかし、子どもが言うことを聞かないのです。」と
その時の内海先生の答えは
「結果が出ないのなら、教師を辞めてください。」
というものでした。
我々大人は、ややもすると子どもさんたちを思い通りにしようとしてしまいます。
しかし、考えてみましょう。
いうことを聞かない子どもは悪い子ですか?
思うとおりに行動しない子どもはダメな子ですか?
支援するとはなんですか?
導くとはなんですか?
もっとも基本的なことを今一度、考えてみましょう。
内海聡医師の記事も一緒にお読みください。

 

 

 

 

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2017年3月13日 10:30

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