ローマ時代のギリシャ医学

おはようございます。

自律サポートカウンセラーの甲斐です。
ローマ時代のギリシャ医学の歴史を見てきましたが、もう少しお付き合いください。

「アレキサンドリアとローマの医学」
 
ヒポクラテス派の影響を受けながら発展を遂げたヘロフィールスらの四体液説の継承である「体液学派」と独自に生まれたエラジストラトスらの体液説を避けた「個体病理学派」の2つの流れになる。
紀元前3世紀末には、理論的、哲学的な考察を排した「経験学派」と呼ばれる流れも誕生した。
 
紀元前2世紀ごろに、個体病理学を発展させた「方法学派」の人々は、アスクレビアデスの影響を受けながら、病気は身体にある小さな孔が緊張状態にあるか、弛緩状態にあるかであると、単純化して考えた。
「ブニューマ学派」のように、病気はブニューマの気まぐれによって引き起こされると考える理論もあった。

 

「ガレノス」

ローマ時代のギリシャ医学はガレノスによって締めくくられる。

彼の業績は解剖学と生理学にある。この頃になると人体の解剖は許されなくなり、サルやブタを解剖して動物体の構造および生理機能を研究。動物の解剖をとおして、従来までの解剖学上の誤りを正した。ブタの実験で気管が空気を運ぶパイプであり、肺が呼吸器であることを確認した。今では、血液が全身を循環していることを疑う人は誰もありません。静脈を経て右心に戻った血液は肺を通って酸素化されて、左心に入った動脈血は大動脈を介して各臓器に運ばれますが、400年前までは体の大循環と肺の小循環は別なものと信じられていました。

2世紀にギリシャの大科学者ガレノスがローマに出て、食物は腸から摂取されて肝臓へ行き、そこで血液になって右心に入り、左右の心臓を隔てる壁にある小さな多数の「孔」を通って左心に流れ込み、ここで肺からきた「吸気」と一緒になって真っ赤な「生命精気」となって全身を巡るという学説が、中世を経て近世初期に至るまでの約14世紀もの長い間、ヨーロッパ医学の基礎となっていました。
ギリシャ医学を集大成したガレノスの学説はルネッサンスが興る16~17世紀まで覆されなかった。ガレノスの教説が、これほどまでにかたくなに信じられた理由には、彼が採用した哲学上の立場と大いに関係がある。彼は、アリストテレスの目的論、すなわち「自然は無駄をしない」という考えを当時から受け入れ始めたキリスト教の創造主の概念を用いて説明した。そして、この時代に引き続くヨーロッパの中世では11世紀まではギリシャ医学の知的伝統が忘れ去られ、11世紀から16世紀にいたるまでは、アリストテレス哲学と、キリスト教を習合させた神学が隆盛したからである。

その後、17世紀初頭になってイギリスのウイリアム・ハーヴェーがパドバ大学に 留学してガリレオの科学的実験研究法を身に付け、ロンドンに戻って行った研究から心臓は右心から肺へ、左心から全身へと血液を送るポンプであり血液が全身を循環していることを実証し、14世紀にもわたるガレノスの呪縛を解くことができました。

画像はwikipediaよりお借りしました。

 

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