カテゴリー: ┗東洋医学

五行色体表

おはようございます。自律サポートカウンセラーの甲斐です。

先日開催した、薬害研究センターでのセミナー無事終了しました。ご参加の皆様、薬害研究センターの皆様、そして場の提供をしてくださった内海聡先生ありがとうございます。少人数での座談会形式でのセミナーはいかがだったでしょうか?このセミナーは、引き続き、神戸、上尾に繋がっていきます。よろしくお願いいたします。

 

本日は久しぶりに五行についてのまとめたものをメモとして書かせて頂きます。五行色体表をやっと書きました(笑)

 

五行というのは、季節の観察から生まれたものです。この表は日本の文化とも深い関係があります。まず、木である「春」からです。次は火である「夏」です。次に長夏である「土」です。この時期は梅雨と重なるので「湿」が強くなります。次は、金である「秋」ですね。最期は水である「冬」です。東洋医学では、このような臨床的な観察から五行学説を作り上げたようです。

 
五色
五方 中央 西
五季 長夏土用
五気 湿
五能
五味
五臓
五腑 小腸 大腸 膀胱
五官
五志
五神 意智 精志
五主 血脈 肌肉 皮毛 骨髄
五華 面色
五液
五穀
五畜
五果
五菜
五声
五音
五虫
五臭
五役
五変
五有余 経洩不利 喝息
五不足 憂悲 四肢不用 息利小気 蕨逆
十干 甲・乙 丙・丁 戊・己 庚・辛 壬・癸
十二支 寅・卯 巳・午 辰・未・戌・丑 申・酉 亥・子
一日

 

平坦

(夜明けの頃)

日中

(正午頃)

日西

(正午~夕暮れ)

日入

(日暮れ)

夜半

(午前0時頃)

五季の
期間
大寒~

春分後13日

春分後13日~芒種後10日 芒種後10日~処暑後7日 処暑後7日~立冬後4日 立冬後4日~大寒前日
四季の
期間
立春

~

立夏

立夏

立秋

春夏秋冬の終わり18日 立秋

立冬

立冬

立春

 

参考:今こそ必要!あなたの食養生と経路養生

 

 

 

 

 

 

 

 

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近代の医学の歴史 安土桃山時代

おはようございます。自律サポートカウンセラーの甲斐です。

医学、医療の歴史について、また書いてみたいと思います。近代の医学についての歴史です。1573年、室町幕府が倒れ、織田信長が天下統一を果たしました。本能寺の変で織田信長は倒れましたが、秀吉が統一を完成して関白となりました。この30年を安土桃山時代といいます。曲直瀬道三のような優秀な医家を輩出し,はじめて日本に伝わったヨーロッパの医学が外科を中心に日本の医学に影響を与え大いに医学が発達した時代でした。

曲直瀬道三(まなせどうさん)

戦国時代、医療に革命を起こし人の命を救うことに生涯をかけた医者・曲直瀬道三。織田信長や豊臣秀吉といった天下人から厚く信頼された戦国の医家だ。患者一人ひとりに合わせた治療。道三は身分に問わず病に苦しむ人を誰でも診療した。臨床医として医学教育家としてそして著述家として大いに活躍した。 後進を指導するため啓迪院(けいてきいん)という医学校を開設したのですが、その門弟は800人とも3,000人とも言われています。よく弟子の面倒をよくみましたが、各々の弟子の能力に応じた合理的な指導をしたそうです。

多くの医学書を著しましたが、なかでも1571年に書き上げた「啓迪集」(けいてきしゅう)8巻は彼の代表作です。その内容は内科、小児科、薬物、鍼灸、養生など多岐にわたり、その根拠として中国の医書64部を引用しています。1574年にはこれを正親町天皇に献上し、翠竹院の院号を下賜されています。 1566年、毛利元就の病を治療するため出雲へ出向いた際には、元就に家門繁栄の方策について意見を述べるなど多くの大名と親交があり、また茶人としても有名であり、これまでに例を見ないスケールの大きな医師であったそうです。しかし、生涯御殿医になることはありませんでした。晩年道三がキリスト教に改宗したというフロイスの記事もありますが、疑問視されているようです。キリスト教の慈善医療に興味を抱いたとしても、その著書のなかで南蛮医学については触れていない。

「啓迪集」の画像検索結果

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日本の医療の歴史 南北朝時代・室町時代

おはようございます。自律サポートカウンセラーの甲斐です。

鎌倉幕府が倒れたあと、1336年には後醍醐天皇は吉野に移り、以後、吉野と京都にそれぞれ天皇がいることになった。 足利尊氏により開かれた室町幕府は、第3代将軍、足利義満(13581408)の代になってようやく安定したものとなりました。南北朝が統一され京都の北小路室町に「花の御所」と呼ばれる優雅な御殿が造られました。以後、応仁の乱(1467)が勃発して戦国時代になるまでの約100年間を室町時代と呼びます。

鎌倉幕府を倒した足利尊氏は1338年に征夷大将軍となり、京都の室町に幕府を開いた。戦乱の世を反映して、医療の世界では、今日の外科医に相当する医者が現れ、その他にも産科、小児科、眼科も出現した。 さらに特徴的なことは、民間人から医学を学ぶため大陸の明に留学して明医学を修得した人たちが一派を形成するようになりました。当時の明医学は李東垣(11801228)や朱丹渓(12811365)といった人たちが古代からの中国医学を踏襲しつつ新しい考え方のもとに医術を展開し、「李朱医学」などと呼ばれています。武藏国で代々医業を為していた家に生まれた田代三喜(14651544)は明に12年間にわたり留学し、この李朱医学を学んできました。その直弟子の曲直瀬道三(15071594)は京都で医師として名をあげ医学教育者として李朱医学を全国に普及させたのでした。田代三喜の学んできた李朱医学は日本の医学において主流を占めるようになったのです。これはのちに「後世派」と呼ばれるようになり、この考え方は後に江戸時代中期になって台頭してきた「古方派」とともに現代漢方の中に脈々と受け継がれているということです。

 鎌倉後期、南北朝時代、さらに次の世代の戦国時代と、戦乱の続く中で、武士たちに近づいた時宗の僧が、戦場で戦死した者を弔ううちに、戦傷者の手当てもおこなうようになり医術を心得る物が出現してきたと考えられます。また時宗は寺を設けず、放浪しながら布教することを宗旨としていたために、放浪生活を余儀なくされた人たちがその群に加わり、皆、時宗に帰依したともいわれています。

 時宗の僧で、室町将軍の侍医になった人物に、昌阿弥がいます。昌阿弥に対する二代将軍足利義詮の信任は厚く、義詮が死の床にあっても、昌阿弥以外の者の診察は拒んだままで亡くなったといいます。また称光天皇の病気治療にあたったという寿阿弥の名前が伏見宮貞成王の日記「看聞御記」にしばしば登場します。

 さらに時宗の僧のなかから金創医が現れてきたともいわれます。金創医とは刀剣などの金属製武器による切傷を手当てする外科医のことでその多くが室町、戦国時代以降に現れてきたものです。

 

 

 

 

 

 

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