愛について

愛について
皆さんは、愛についてどのように考えていますか?
お子さんたちのお話を聞いてきて、とても多いのは、「親に愛されていない」と感じているお子さんがとても多いということです。
「愛」にこだわり過ぎている人が多いことにも気が付きます。
私が最初に悩んでいるお子さんたちの話を聞かせてもらっていた時、愛情に飢えている子どもたちが多いと感じてしまい、温かく包み込んであげることばかりを考えていました。
しかし、「愛」とは何でしょうね?
「愛」という言葉はキリスト教から来た考え方なのです。
日本では愛は煩悩の一つで、執着とも言われていたものなのです。
慈しみ、慈悲 それが「愛」だという人も多いですね。
確かに慈しみや慈悲は愛情の一つかもしれません。
しかし、それは人間にはみんな備わっているもので、当たり前のこととして日本古来の考え方はあったのではないでしょうか?
いわゆる、本能であるともいえるでしょう。
「信頼」は愛の形です。一方「期待」は依存の形ですね。
ですから、相手を信頼していれば、裏切られたという思いにはならないのです。
ここである女の子のお話をしましょう。
20歳になるころに私と出会いました。
その子は、お姉さんが一人と、腹違いの歳の離れた弟がいました。
その子を身ごもった時、お母さんは、夫からDVに遭っていました。このままではお腹の中の子供まで殺されてしまう。と思ったその母親は、夫から逃げてその子を産みました。
必死に男から逃げ、死に物狂いでその子を産んだのです。
母子家庭で生きていくためには、夜の仕事を選ぶしかありませんでした。
お母さんは、夕方になると子どもを置いて毎日出かけます。
その子は、毎日お母さんが恋しくて泣いていました。
そんな妹を見て、姉はいつも怒っていました。自分がしっかりしなくてはならなかったのです。
幼い姉も泣きたかったのです。
しかし、妹と一緒に泣いてばかりいられませんでした。
その子は、お姉さんのことが大嫌いになりました。
いつも怒ってばかりいて、癇癪をおこし、殴ったり罵倒していました。
しかし、どうなのでしょうか?
そこには「愛」はありませんか?
ことさら「愛」という言葉で表現しなくても、お姉さんなりに妹を愛していました。
必死に守っていたのです。
同時にお母さんも必死に働き二人の子供を育てていたのです。
しかし、かまってもらえない、いてほしい時に居てもらえない。
そんな寂しさから、自分は愛されていないと思い込んでしまったのです。
やがてお母さんは、再婚します。
小学生だったその子は、その新しいお父さんに性的虐待を受けてしまいます。
その時、その子は誰にも言うことはできませんでした。
お母さんを傷つけてしまうと思ったそうです。
そして、新しいお父さんには養ってもらっているという気遣いがあったのです。
自分さえ黙っていれば、家庭はうまくいく。
そう思ったのです。
しかし、それは、自分を偽ること。
長続きはしません。
やがて、リストカットするようになり、家からは出ていくことさえもできなくなってしまったのです。
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